大河ドラマに想う 賓客(まろうど)

幕末の卑劣な暗殺集団としてさげすまれた新選組が、司馬遼太郎の『燃えよ剣』で
一躍脚光を浴びたり、安政の大獄で多くの有能な人材を弾圧して疎まれた井伊直弼が、NHK大河ドラマ花の生涯』でその人物評価が見直された。
小説やドラマで歴史上の人物が今までの史実と違った評価で注目されるのは
大変興味深い。
今年のNHK大河ドラマ『おんな城主直虎』の登場人物の小野政次が注目されている。
小野政次は史実では誹謗や讒言(ざんげん)など卑怯な手口で主君の城を奪った裏切者として斬首の刑になった。
ドラマでは磔の刑、しかも、とどめを刺したのは直虎だった。
尼僧である直虎が政次を槍で一突きにするなど到底ありえないことだし、女が男を一突きで殺すなど体力的に無理であろう。
もし仮にできたとしたら小野政次は即死だ。会話するいとまなどないはずだ。
こんな実際にありえないことばかりの内容だから視聴者に見放されてしまうのだ、との声も聞く。
しかしこれはあくまでもドラマである。
たとえ史実と違っていようとドラマで表現すれば心を打たれる素晴らしい作品になる。
逆賊として2人の息子共々斬首され、小野家から除籍され墓も無く、歴史上からも葬り去られた小野政次は、よほどの嫌われ者だ。
しかし大河ドラマで一気に注目の的となり、多くの人々の心を捉え魅了させる人物となった。それは、演じた俳優の功績があったからだ。

「俳優はあの世から遣わされた賓客(まろうど)」という。

史実では小野政次は逆臣だ。
しかしあの世で政次はこう言っていたかもしれない。
「おれはそんな男じゃない。釈明の場を与えてくれ」と。
それを作家が聞き入れて、この世の俳優、高橋一生(敬称略)を遣わせた。
そしてあの時代のあの場所で起きたであろう出来事を演じて、
政次になり替わった高橋一生に「おれを信じろ」と言わせている。
この大河ドラマでは、今までとは違った新しい解釈も見つかって、それを参考にしたとのことだ。
もしこのドラマが真実だとしたら、小野政次の逆臣の汚名が晴れて、本当は直虎のために身を挺して忠義を全うしたとも受け取れる。
高橋一生氏は小野政次役にはあまりにも端麗すぎると思っていたが、実際は演技とは思えない存在感で、まるで実物の小野政次がいるかのように思えてくるのが不思議だった。
高橋一生氏は政次役を演じている時に何度も「死んでもいい」と思ったそうだ。
それほど役に対する強い思いと意気込みがあったからこそ視聴者の心に強烈に響きあうものを感じさせたのだと思う。
きっと小野政次のことをいつも念頭にして役に徹してきたのであろうと想像した。
映画『実録・連合赤軍あさま山荘への道程』で事件の落とし前をつけるために寺岡恒一役を演じた佐生有語氏が遣わされた賓客であったように、黒白(こくびゃく)をつけるために「あの世から遣わされた賓客」として高橋一生氏が前世と現世を繋ぐ役も果たすことができた。
今回、久々にこの言葉の意味を再認識したのは、このダイアリーを始めるきっかけとなった映画『実録・連合赤軍あさま山荘への道程』以来のことである。