懐かしい歳月の断片

今年も春のお彼岸の頃になり、寺岡さんに会いに
ご自宅に向かった。
寺岡さんは去年の暮れにお顔に帯状疱疹ができたため入院していたそうだ。
今はもう治まってお元気そうなご様子だが、
時々通院しているそうだ。
お宅には週に一度、介護ヘルパーに来てもらうことにしたそうだ。
入院やその後の支援など、何もかもお一人でなさって心細かっただろうと心境を察する。
時々はご親戚の方々と連絡を取り合っているようでもあった。
それに今でも女学校時代の同窓会の案内が来て、懐かしく思っていらっしゃるようだ。
寺岡さんは女学校を卒業後、大学に進学したそうだ。
その後母校の女学校の職員になられたそうだ。
お手紙の文面や、お会いした時から、この方はきっと高学歴で、知性と教養にあふれた方だろうと想像していたが、正に思った通りの方であった。
恒一さんが学生運動に参加するようになり、デモの後、よく東京のご実家に泊まったそうだ。恒一さんは初孫でもあり、可愛がられたそうであった。
寺岡さんのお宅にはそうした思い出がいっぱい詰まったかけがえのないお家で、時にはまだ恒一さんがいらしたときの面影を感じることもあるのではないかと思う。
庭に面した明るい台所に小さな黒板がかかっている。
その下の方に寺岡さんの似顔絵が描かれている。
描いたのは甥御さんだそうだ。
もう随分年数がたっていると思われるが、これだけは消えないとおっしゃっていらした。
何とも言えない味わいのある似顔絵で、寺岡さんの雰囲気がよく表れている。
寺岡さんは今は一人暮らしで、時には心細いと思うこともあろう。
しかしお宅にはご家族の皆様が揃ってお住まいだった頃の懐かしい歳月を感じ取ることができた。
明るい春の陽光に、庭の乙女椿が今年もかわいらしい花を咲かせていた。