いつかある日

「いつかある日 山で死んだら 古い山の友よ 伝えてくれ…」


登山者の挽歌といえるようなこの歌の歌詞を
思い出すたびに、
連合赤軍事件のことを思い浮かべる。

この歌詞を書いた人は、この歌の通り、
世界最高峰エベレスト登頂に失敗して
帰らぬ人となった。


「俺の足跡が あの山のふもとに 残っている、と」

この歌詞の最後のフレーズが脳裏に残り、連合赤軍の足跡を辿りたくなって、榛名山へと向かった。
連合赤軍事件から21年後のことであった。
アジトがあった場所はもうすっかり草が生い茂り、跡形もない状態だった。

ただ彼らが車止めにしていたとされる所だけは地面がむき出しの状態で残されていた。
彼らの足跡が、確かにあった。
あの当時のメンバーは、あの場所で、連日連夜何を思って犯行に及んだのであろうか、と考えさせられた。


榛名山管理事務所・・・丸岡和平氏・・・大久保清・・・坂口弘・・・
高崎・・・室田・・・榛名湖畔・・・ゆうすげ温泉・・・

あの頃たどった道や地名、知り得た人たちの名前が頭に浮かんできた。
私が連合赤軍に関わるようになってから、さらに同じ21年が経過したことになる。
過ぎゆく時間の早さを実感している。


映画『実録・連合赤軍あさま山荘への道程』・・・若松孝二監督・・・
佐生有語氏・・・雪野建作氏・・・連合赤軍の全体像を残す会の皆様・・・

あれから様々な方々との出会いがあった。
今後はどんな時が流れていくのだろうか、思いが尽きることはない。