あさま山荘の落とし前 事実は語る

映画『実録・連合赤軍あさま山荘への道程』の中で、あさま山荘の管理人が「私を裁判には呼ばないでください」と、坂口弘に懇願する場面がある。
このセリフを聴いた瞬間、この映画は正に「実録」の名のとおり、詳細にわたって事実のみを描いた作品であると分かった。
あさま山荘の管理人も、九州で勤め先の公金を横領し、長野県に高飛びしていた逃亡者だった。
連合赤軍にライフル銃を突きつけられ人質になった恐怖心と、事件が一刻も早く解決し、解放されたいと思う反面、その時は自分も業務上横領罪で逮捕されるかもしれないという不安感とが激しく交錯する管理人の表情を、管理人役の奥貫薫が絶妙な演技で再現している。
あさま山荘の中で、坂口弘が「中立の立場でいてほしい」と管理人に要請したとき、
管理人は「もし裁判になった時には自分を裁判には呼ばないでほしい」と取引した。
坂口弘は後に著書で「人質からいきなり裁判の話を持ちかけられて、驚き戸惑った」と書いている。
坂口弘は管理人との約束を守り、当然重要な証人であるはずの管理人を裁判に呼ばなかった。
若松監督は、一連の連合赤軍事件の当事者も被害者も皆一同に
口をつぐんで事実を語ろうとしないことが非常に残念でならなかった。
このままでは命がけで学生運動に心血を注いだあの当時の若者たちが浮かばれないと危惧した若松氏は、映画を作成して、あの時代に実際起きたことを再現し、出演した俳優全員が事実を語ることで、
事件の落とし前をつけようと決心した。
それであえてあさま山荘の内部で起きたことも映画で再現している。


若松監督は、「だから、映画『実録』のシーンの台詞で、”裁判には呼ばないでください” と わざわざ言わせている。」とコメントしている。
このコメントこそが若松監督の、とことん「実録」を追求した映画に対する強い信念を表す言葉である。
この映画の全てのシーンと、出演した全ての俳優が語るセリフの一語一句が事実であると感じさせる作品だと思う。
この映画の偉大さだけでなく、連合赤軍事件の落とし前をつけるために事実と向き合って映画を製作したいという若松孝二氏の真剣な志が切実に伝わり、非常に感慨深い思いがする。